【離れてわかるPDハウス】パーキンソン病の悩みと向き合って|サ高住での暮らしを経て感じた安心感
パーキンソン病と診断された後も、しばらくは薬で症状をコントロールしながら、周囲の人と変わらない生活を送っていたという佐藤様。しかし定年を迎えた頃から体の動きに変化が現れ、薬の量が増えるとともに副作用や幻覚にも悩まされるようになりました。
PDハウス板橋での生活を経て、佐藤様はより自由で自宅のような暮らしを求めて、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)へ転居します。そこで直面したのが、服薬の管理を自分一人で行う難しさと、パーキンソン病を周囲に理解してもらえない孤立感でした。
現在、佐藤様が暮らしているのは、かつて板橋でリハビリを担当していた池田さんが施設長を務める「PDハウス中野白鷺」です。一度PDハウスを離れたからこそ見えてきたものとは何だったのか。インタビューで語られた内容を、時間の流れに沿って整理してご紹介します。
動画|【離れてわかるPDハウス】パーキンソン病の悩みと向き合って|PDハウス中野白鷺・利用者様インタビュー
目次
50歳頃に気づいた異変――「字が書きにくい」「フォークが回せない」

佐藤様が最初に体の変化を感じたのは、50歳くらいの頃でした。字を書くことが以前より書きにくくなり、パスタを食べるときには、フォークを回せなくなってしまったといいます。
「これはおかしい」と感じた佐藤様は、いくつもの病院を受診しました。その少し前に頸椎の手術を受けていたこともあり、最初は手術の影響ではないかと診断されたそうです。
しかし、症状は一向に良くなりませんでした。そこで神経内科を受診したところ、パーキンソン病と診断されました。
「薬さえ飲んでいれば大丈夫」から一変した定年後の生活
薬で症状をコントロールし、普段どおりに過ごせていた時期
診断後しばらくは、薬で症状をコントロールしてもらい、ほかの人と全く変わらないように生活できていたといいます。
そのため佐藤様自身も、病気をそれほど深刻には捉えておらず、「薬さえ飲んでいれば大丈夫なんだ」と軽く考えていたと振り返っています。
定年を迎えた頃から、転倒や体が急に動かなくなることが重なる
様子が変わり始めたのは、定年を迎えた頃からでした。会社で転んでしまったり、急に体が動かなくなったりすることが重なり、「これはまずいぞ」と感じるようになったそうです。
薬の増量と副作用、そして入院を繰り返す日々へ
その後、薬の量が増えると、今度は副作用が出てくるようになりました。薬を飲んだり飲まなかったりと生活は乱れ、幻覚を見ることもあるなど、状況は深刻なものになっていきます。
こうした経過の中で、佐藤様は病院への入院を繰り返すことになりました。
PDハウス板橋でのリハビリと、担当だった池田さん

リハビリと散歩が楽しみだった
PDハウス板橋で暮らしていた頃、佐藤様はリハビリが好きで、特にリハビリの時間に外へ散歩に出かけることが大好きだったといいます。
そのリハビリを担当していたのが、現在PDハウス中野白鷺で施設長を務める池田さんでした。佐藤様は当時について、「すごく良くしていただきました」と語っています。
「自分もいずれ……」重症の方を見て気がめいることも
一方で、施設にはさまざまな症状の方が暮らしており、重症の方も多かったといいます。そうした方々を毎日見ているうちに、「自分もいずれああなってしまうのかな」と気がめいってくることもあったそうです。
また当時は、リハビリ以外に特にイベントもなく、やることがないと部屋にこもってビデオを見るくらいしか楽しみがなかったと話しています。
「もうちょっと何かできるんじゃないか」。そう考えた佐藤様は、サ高住へ移ることを決めました。
自宅のような暮らしを求めてサ高住へ
部屋が広く、自宅のように過ごせる住まい
移った先のサ高住は、のびのびと過ごせて部屋も広く、自宅のような雰囲気があったことから、「いいな」と思って入居したといいます。
そこでは自由に生活させてもらえた一方で、いろいろなことを自分でやらなければならず、「大変でしたけども、いい経験をしたなと思います」と振り返っています。
リハビリはなく、楽しみは外への散歩
サ高住は、基本的にそれぞれの部屋が入居者の住まいという形で、リハビリはありませんでした。
もともと歩くことが好きな佐藤様にとって、一番の楽しみは外へ散歩に出かけることだったそうです。
サ高住で直面した「服薬管理」と「体調が悪いとき」の難しさ
看護師が常駐していない環境での暮らし
サ高住には看護師が常駐しているわけではなく、何かあった場合にいるのは介護職員が2人ほどで、基本的には何でも自分で対応しなければならなかったといいます。
佐藤様は、特に具合が悪いときにはそれがつらかったと振り返っています。
自分で行う服薬管理がうまくいかず、病状が悪化
さらに、薬の管理も基本的には自分で行う必要がありました。佐藤様はこの服薬の管理がうまくできず、再び病状を悪化させてしまったそうです。
この経験から、「このままサ高住にいたのでは、もう無理かな」と判断するに至りました。
パーキンソン病だからこそ感じた「理解されない」孤立感
佐藤様がPDハウスの外で暮らしてみて分かったことの一つが、パーキンソン病を周囲に理解してもらうことの難しさでした。
佐藤様は、パーキンソン病を「すごく特殊な病気」だと話します。さまざまな症状が出るうえに、どのような症状が出てくるのかは本人にもよく分からない。そのため、周りの人はその様子を見て不思議に思い、本人は孤立感を抱いてしまうといいます。
サ高住の職員も、パーキンソン病にそれほど詳しいわけではありませんでした。例えば体が動いてしまったときに、「何をやっているんだろう、あの人」という目で見られてしまうこともあったそうです。
再び移る決め手は「知っている人がいる」という安心感
とはいえ、一人で全く知らない場所へ移ることには不安もありました。
そんなとき耳にしたのが、PDハウス板橋で一緒だった池田さんが施設長を務めているという話でした。佐藤様は「えっ」と驚いたものの、知っている人がいるという安心感を覚えたといいます。
新しい施設であること、そして食事もおいしいこと。そうした理由も重なり、佐藤様はPDハウス中野白鷺へ移ることを決めました。
一度離れてわかった、PDハウスで「安心して生活できる」理由

病気を理解してくれる職員がいることの大きさ
一度PDハウスを離れたからこそ、佐藤様は職員との関係こそがPDハウスの良さだと感じているそうです。
PDハウスでは、職員がパーキンソン病を理解してくれているため、体が動いてしまうような症状があっても、その部分に安心感がある。佐藤様はそれを「恥ずかしげもなく生活できる」「安心して生活できる」と表現し、PDハウスのいいところだと話しています。
「本当に皆さんよくしていただいて、すごく友達みたいな感じでいろんなこと話せますし、安心感もある」という言葉からも、職員との関係の近さがうかがえます。
両方を経験したからこそ見えた違い――入浴時間
一方で、佐藤様はサ高住での暮らしの良かった点も率直に語っています。
PDハウスでは入浴の時間が決められていますが、サ高住では1時間入浴することができました。ゆったりとお風呂に浸かれたことは良かったところだと振り返っています。
幻覚・幻聴に追い込まれた入居当初、支えになった職員の存在
職員を泥棒だと思ってしまうほどの不安
PDハウス中野白鷺に入居した当初、佐藤様は幻覚や幻聴がひどく、人を信用できない状態にあったといいます。職員を泥棒だと思ってしまうこともあったそうです。
特に夜になると不安でいっぱいになり、いろいろな人に電話をかけ続けたり、パトカーを呼ぼうと思ったりしたこともありました。今となっては、自分でも何をしていたのかはっきりとは覚えていないほど、追い込まれた状況だったと話しています。
「職員の方がいなかったら、今こうしてお話できない」
そうした時期を振り返り、佐藤様は「本当に職員の方がいなかったら、今こうしてお話できないんじゃないかなと思います」と語っています。
その後、薬も時間通りに飲めるようになり、現在に至っています。
入居から2か月あまり、幻覚は見なくなった
佐藤様がPDハウス中野白鷺に入居したのは5月の半ば過ぎだったと思うとのことで、インタビューの時点でちょうど2か月あまりが経っていました。
入居して最初の1か月については、自分がどういう状況だったのか思い出せないといいます。それでも、インタビューの1か月ほど前からは幻覚を見なくなったそうです。
リハビリルームと歩行で続ける毎日、そしてこれからの楽しみ

マシントレーニングと1日約4,000歩の歩行
PDハウス中野白鷺には広々としたリハビリルームがあり、佐藤様は開放されている時間にそこでマシントレーニングをしています。
また、廊下は自由に歩けるため、歩行器を使って歩いているそうです。その歩数は、1日におよそ4,000歩にのぼります。
涼しくなったら散歩へ、そして友人とおいしい食事を
散歩が好きな佐藤様。施設の周辺は住宅地で、いい散歩コースもありそうなので、もう少し涼しくなったら散歩に出かけたいと話しています。
さらに、中野には友人が住んでいて、比較的近い距離にいるそうです。できればその友人と会って、おいしいものを食べたいと、これからの楽しみを語ってくださいました。
まとめ:一度離れたからこそわかった「理解してくれる人がいる暮らし」
佐藤様は、より自由で自宅のような暮らしを求めて、PDハウス板橋からサ高住へ移りました。そこで自由な生活や、ゆったりとした入浴といった良さを経験した一方、看護師が常駐していない中で体調が悪いときを過ごすことや、服薬の管理を自分一人で行うことの難しさに直面し、病状を悪化させてしまいます。
さらに、症状が本人にも予測しにくいパーキンソン病だからこそ、周囲に理解されないことによる孤立感も抱えていました。
再びPDハウスへ移る決め手の一つとなったのは、板橋でリハビリを担当していた池田さんの存在でした。入居当初は幻覚や幻聴に追い込まれていた佐藤様ですが、「職員の方がいなかったら、今こうしてお話できない」と振り返るその時期を経て、薬を時間通りに飲めるようになり、現在はリハビリルームでのトレーニングや1日約4,000歩の歩行を続けています。
病気を理解してくれる人がそばにいることで、周りの目を気にせず安心して暮らせる。佐藤様の言葉からは、一度離れたからこそ実感したPDハウスの存在の大きさと、散歩や友人との食事といったこれからの暮らしへの前向きな思いが伝わってきます。
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